【No.347】2008.3.17
エーコンクラブ主催「10人制ラグビー大会」

3月16日、私が所属しているラグビーのクラブチーム「エーコン」が主催する10人制の大会に顔を出した。
選手としてではなく手伝いとしてである。
エーコンは私が現役としてプレーしていたころ、勤務先にチームがない元日本代表や日本代表候補選手などを含めた名選手(迷選手ではない)が何人も所属しており非常に強かった。
メンバーだけを眺めると「関東学生代表」と思えるようなチームだった。
7人制という形態のゲームでは、早稲田や同志社といった大学生は子供扱いして寄せ付けず、先日、日本選手権で優勝した「サンヨー」や昨年の日本選手権覇者「東芝」(私の古巣)と対戦しても互角に近い内容で戦うことができた。
だからエーコンのメンバーと一緒に試合をするのが楽しくて仕方がなかった。
しかし、それから数年たち、その当時のメンバーが結婚して30代になると皆の足が遠のいてしまい、今ではメンバー構成から現役選手の人数まで大きく変わってしまった。
今回の10人制では、エーコンの現役選手は非常によく頑張っていた。しかし、残念ながら敗者復活戦の準優勝。
ラグビーに限らず多くのスポーツに共通することだと思うのだが「勝つための工夫や努力などを含めた苦労=楽しみ」で、最終的に狙い通りに勝つことができた時にそれは強い喜びになる、のだと思う。
メンバーをもっと集め、仲間と苦労しながらラグビーライフを楽しんで欲しいと思う。

後輩が「EBO」で社長に!

その「エーコン」は毎年年末にパーティを催している。
そこで久しぶりに後輩の西堀に会った。
聞いたところによると、なにやら太陽光発電の電池を製造している会社の社長になり、福岡と東京を単身で行き来しているというのだ。
確か彼は大手銀行に勤めていたはずだが・・・

それから年も改まり約2ヶ月半が過ぎた。
お笑い芸人ばかりが出演するくだらない民放のテレビ番組に飽きてしまった私は、最近NHKばかりを見るようになったのだが、この日も興味深い番組が放送されていたので見ていると・・・
次週の予告に西堀が出ているではないか?
番組の題は、「社員みんなで会社を買った〜地方発 “EBO” の挑戦〜」というものだった。
太陽電池製造の中堅メーカーが中国企業に買収されたが、半年後に大規模なリストラが行われ、100人が勤務する福岡大牟田の工場が切り捨てられた。
しかし、社員たちは「EBO」(従業員自身による企業買収)によって再建を試みる。
中国企業による買収から関わりを持っていた西堀はその新会社の設立に当たって社長を買って出たという訳だ。
その会社は「YOCASOL株式会社」
番組の中では加熱する市場で激化する競争や就業員たちの迷い、そして団結と進化などを紹介していた。
放送の翌日、本人とメールを交わすと「今は順調に頑張っています」とのことだった。
数年前、同じくエーコンクラブで共にラグビーを楽しんだ玉塚元一さんがユニクロの社長に就任(その後退任、新会社を設立)した際も、非常に誇らしい気持ちがした。
西堀にも益々活躍して会社を大きく発展させて欲しいと心から願う。


【No.346】2008.3.3
学校の先生の質

教師の質について非常に厳しい意見が聞かれ、皆が批判的な目を向けるようになってから久しい。
常識が変わったこともあるが、同時に常識をわきまえない人も社会に増えてきた。
そのせいか最近では、学校関係者から子供の無軌道ぶりのみならず、親の暴走ぶりが報告されるようになった。
耳を疑う内容から恥ずかしながら自戒の念を抱く内容まで様々である。

数年前まで、子供が通っていた学校のクラスはとても良いクラスだった。
だから、この学校には「いじめや学級崩壊など騒がれているような問題はないじゃないか」と短絡的に考えていた。
しかし、そこが父親の浅はかさで、学校内にネットワークをしっかりと築き、根を張っている母親たちの意見は全く違って、同学年で「大した問題のない良いクラス」は我が子のクラスだけだったという。
他クラスは学級崩壊とまではいかないもののそれなりの問題を抱えて、先生、父母共に苦労していたらしい。
もちろん、我が子のクラスの担任の先生や父母が苦労していなかったかというそうではなく、それなりの苦労が当然あったはずだが、非常にまとまりがあってそれは感心するほどだった。

先日、子供たちの通う中学校と小学校の授業風景をそれぞれ見学に行った。
先生方の創意工夫や授業に対する熱意を強く感じると同時に、内容が私の小中学生時代と比較して格段に向上しているという印象をもった。
能力不足、意欲不足の教師は確かにいるのだろうし、いじめだってある。が、向上心を持って日夜指導に取り組んでいる先生だって沢山いる。

何事にも批判の目を持つことは大切だが、批判の目ばかりで見つめていて物事が改善されたためしはない。
ましてや疑心暗鬼のような状態で教師と親が互いにあら捜しをしているような状況では改善どころか弊害しか生まれないであろう。
教育環境は教師を中心として親と子を含めた皆で作るものだと思う。
親は家庭での躾や学習を行いながらも、学校教育に関してはあくまで裏方なので教育現場に関心を持ちながらサポート役に徹すればよい。
学校は勉強のみを学ぶ場ではなく、それが社会の縮図であって人間同士の信頼関係の構築、他者との距離感、人間関係の摩擦ほか様々な問題への対処、帰属する集団に対する態度やコミットの仕方まで様々なこと
を学ぶ場であると思う。だから、あれやこれや学校や教師に苦情を言うよりも、教師の下でこれらに関する子供の成長を促すような働きかけをすることが親の役目なのではないだろうか。


【No.345】2008.2.26
長野県の白馬村で旅館業を営むH.Mという幼馴染がいる。
Hは20代前半で八方尾根の旅館の娘さんと結ばれ(養子)、スキー・スノボー客が減ってしまった現在でも変わらず旅館業に精を出して頑張っている。
そのHが昨年10月に事故に遭って腰椎を骨折したというので、顔を見に行かなければと思い、たった一人で車を飛ばし片道3時間半の道程を出かけた。
9年前に家族でお邪魔した際、彼自身が打ったそばを食べたが、その時よりも格段に進歩した「そば」をご馳走してくれるというので、私は鯖を仕入れて鯖の棒寿司を作って持っていった。

二人で酒を飲むつもりだったのだが、Hは気を利かせてゲストを呼んでくれていた。
お一人は御歳71歳のMさんと、もうお一人は61歳のSさん。
Mさんは広島に原爆が投下された際、原爆投下地点からさほど離れていない場所にいたにも関わらす、爆風で倒れた壁の下敷きになって奇跡的に助かったそうだ。白馬が好きで毎年12月から6月まで白馬に長逗留してるという。
Sさんはテレビ局の元敏腕プロデューサーで、スポーツの話を一つしていても視点が深く非常に鋭いため「う〜ん流石」と唸ってしまう。Sさんも白馬が好きでわざわざ別荘を建てて冬場はもっぱら白馬で過ごすそうだ。
東京にいて仕事中心の生活をしていると、お二人のような生活はなかなか想像きない。
私には定年もなく死ぬときが退職の時なので真似はできないが、色々な生き方があるものだと少し人生観を改めさせられる気がした。

お二人ともとてもよい方で、酒を酌み交わすことができたことはとても嬉しかった。
また、同時にお二人と親しい友達のように接するHから「旅館のおやじ」としての彼の仕事ぶりを見た気がして感心してしまった。

折角、楽しく酒を酌み交わしたのだから、明日は一緒に滑ろうということになり、4人で集合場所を決めて滑った。
しかし、お二人の「滑り」はその「ライフスタイル」以上に私に衝撃を与えた。

私はスキーが凄く上手いわけではないが6歳の頃から毎年滑っていたので素人にしてはまあまあ滑れるなのだが、足慣らしをしましょうと誘われ圧雪された中〜上級の斜面をさっさと滑り降りてゆくMさん。友人たち(もちろん東北や北海道の)と滑っても遅れることなどありえなかったのに、この時ばかりは完全に取り残されてしまった。
驚かされたのはMさんだけではない。SさんはMさんよりも10歳若い分、フィッシャーのレース用の板を履き、もっと早い。
私のパートナーはいつも初心者かそれに毛が生えた程度だったので視覚的にスピードについていけないのだ。
早ければ良いと言うものではないのだが毎日雪山を滑っているお二人と私とでは鍛え方が違った。
なんとも情けないと言うかショックというのか・・・
でも、そこで簡単に尻尾を巻いて逃げてしまう私ではない。
よし、来年はヘルメット被って、板も履き替えて、流石40代といわれるような元気な滑りをお二人に披露するぞ!と心に誓った。
(しかし、技術や努力よりもまず道具からと考えてしまうところが悲しい気がするが)


【No.344】2008.2.18
東芝府中時代、一つ後輩で同じポジションに市川という男がいた。
明るくて優しくて温和な性格で怒ったところなど見たことがない。
物事を頼めば嫌な顔一つせずに頼まれてくれる。
神職の私がいうのも変だが「神様」のような奴だった。
しかし、それだけでなく根性だってあった。
体が細かったが持久走をやれば常にバックス陣とトップを競い、試合中はさぼることをせずグランドの端から端まで走りまくりいつだってボールの近くにいた。
実戦練習で、NO.8の私がスクラムサイドに攻撃を仕掛けると最初にタックルに来るのはフランカーの市川で、体重で私よりも10kgも軽かったため跳ね飛ばされそうになるのを必至にこらえ、地面に倒れ下敷きになりながらも必至に私の身体に絡み付いてた。

その市川の訃報を聞いたのは2月10日の夜だった。
電話の内容に信じることもできずただ呆然としてしまった。
死因は虚血性心不全とのことだった。
仕事が忙しく毎晩帰りも遅かったそうだ。
辛いのを笑顔で隠して頑張っていたんだろうなと思う。
家族を残して先立つのは悔しかろう、悲しかろう、寂しかろう・・・

東芝に勤務中、私は高卒・短大卒の工場採用の新入社員に対する新人教育の講師を務めていた。
その時の生徒に後の市川の妻となるR子さんがいた。
R子さんの配属は勤労課だったので彼女は私の職場の後輩でもあった。

今年で結婚14年目。お子さんは二人で小学校6年生のお嬢さんは、卒業式に来てくれるよう市川と約束をしていたそうだ。
小学校2年生の息子さんは、その日の夕方一緒にバッティングセンターに行く約束をしていたそうだ。
奥さんとお子さんたちの姿を見ているとなんともいたたまれなくなる。

私が退社してから市川と久しぶりに会ったのは一昨年の5月だった。
相変わらず笑顔を皆に振りまいていた。

彼の死は本当に残念でならない。

今は、ただ昔の仲間の一人として、彼の冥福と残された家族の幸せを祈りたい。


【No.343】2008.1.10
TBSテレビで昼の11時から放送されている「ピンポン」という番組があり、その番組の制作会社の人だと思うのだが、担当者の女性から先ほど電話を頂いた。

質問の内容は「桜の木を切ると祟りがあるというが、これはどういうことからなのか?」といった内容だった。

放送自体を見ていないので私のコメントとして具体的にどのように紹介されたのか分からないのだが、誤解があってもこまるので、それについて少しばかりコメントしたい。

まず、樹木はそもそも動物と同じで「生きている」存在であるから、モノも言わず動かないからといって、それを人の都合で勝手に切ってしまうことが良いことであるはずがない。
ましてや(染井吉野の樹齢は80年ほどだが)何十年、何百年もその場所で生きているのだから、人智では計り知れない力を有したり、強い神霊が木に宿ることもあるだろう。
だからむやみやたらと樹木を切るものではなく、どうしても切らなければならないような時には、それなりの手続きをとるべきだ。
樹木を切ることによって、それまでその場にあった人智では計ることのできない目に見えない調和を乱すことになるのだから、これまであったバランスが崩れることによって人にとって不都合なことが起こることもあり得る。

私が言いたかったことはざっとこんな内容である。

人は自然と別個に存在しているわけでもないし、人が自然界よりも上位にあるわけでもない。
人間は動植物と一緒に生きている一つの生き物なのだ。
その動植物が私たちには分かり得ない働きや人が足元にも及ばないような力を持っていることだってあるのだと思う。
彼らに対してもっと畏敬の念を抱いても良いと思うのだが・・・