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創建

創建

沿革

明治十五年五月十五日に大中臣家 (*1) の六十五代の後裔で伊勢神宮の(筆頭)祢宜であった芳村正秉が、「神社の神官は人を教え導いてはならない」という方向に政府方針を変更したことに危機感を抱き、神代より脈々と受け継がれる古式神道を蘇らせるためお祭りだけを行う神社でなく、お祭りもしながら人々に対する布教をもしっかりとできるように勅許を得て、教派神道十三派の一派を立てました。名称は伊勢神宮の禰宜時代に神託によって授かった「神習いの教」としました。以来、当宮は古式神道を受け継ぐ大神の宮として、また教えの本山として親しまれています。

社殿は明治十六年東京市神田に創建。明治後期には「病気治し」「火伏せ」の神徳があると多数の人が参詣しました。また外務省の紹介により多くの外国人が訪れ、鎮火式(火渡り)や探湯式(熱湯を浴びる)の神事に参加しています。

大正八年に「西の方角へ直ちに移転せよ」との神託により現在地である世田谷に移転しました。神田界隈の関東大震災による被害は大きなものでしたが、この移転により災害から免れることができました。また、第二次大戦時も無事戦災から免れ、「災難よけ」でも崇敬を受けております。

(*1) 大中臣家は古事記に記されている天孫降臨の際の随神である天児屋根命を祖神とし、神代より宮中祭祀を司る氏族。

ご神体「御鏡」

明治初期に伊勢の神宮祭主久邇宮朝彦親王(当時は賀陽宮)が信任を寄せる芳村正秉に御親ら分霊(*2) され授けたもの。他に、正秉の遍歴を示した掛け軸や、正秉と友人関係にあった歴史的人物(西郷隆盛、大久保利通等)の書を神宝とします。→資料コーナーへ

(*2) 御鏡もそのままでは、ただの鏡です。そこにご祭神の分け御霊をお納めして初めてご神体となります。この御鏡は伊勢神宮天照坐皇大神にお鎮り頂いております。

「かみならいの教え」について

大中臣家先祖・アメノコヤネノ命

神代の昔、天照大御神は弟のスサノオノ命の無道を悲しみ、天の岩戸にこもりました。そのため、高天原をはじめ天下が暗闇となってしまいました。困った八百万の神は集い、神事を挙行することになりました。その神事では、アメノコヤネノ命が『天津祝詞の太諄辞事』を唱え、アメノウズメノ命が神憑りして歌い舞い踊りました。そして、気になった天照大御神が岩戸を細目に開けた所を天手力男が外に引っぱり出しました。こうして世界に光が戻りました。この古神道最大の秘言ともいわれる天津祝詞の太諄辞事を唱えたアメノコヤネノ命が大中臣家の先祖です。
そして、垂仁天皇記に「天皇、中臣の連の祖探湯主をして仕えしめよ」とあります。これは伊勢神宮を創始したヤマトヒメノ命に大中臣家の探湯主、つまり審判者(サニワ=憑かりくる神が正か邪か、道理か不道理かを神に対し審判する者)としての役目を仰せつかったということで、これ以降、大中臣家に神事が伝承されることになりました。
65代目にあたります芳村正秉が、この大中臣神道を復興したものが、神ながらの道、つまり「かみならいの教え」です。

魂と魄の死生観

魂とは精神に宿るたましいであり、魄(パク)は肉体に宿るミタマです。人間が死ぬと魂はあの世に行き、魄は一種の残留思念となってこの世に残ると考えます。これを奉り、鎮魂いたします。 さらに直霊(ナオヒ)があり、これは永遠不滅の内在する神にあたります。

詳しくはこちらの本をご参照ください。

『大中臣神道の秘儀と神言──よみがえる古代朝廷祭祀
超人・芳村正秉と太諄辞「神ながら」』
山田雅晴・著(たま出版/1400円)
※絶版です

ご祭神

天御中主神
古事記開巻第1の神
高皇産霊神
神皇産霊神
むすひの神
この両神と天御中主神が三柱の神で
世の生成の大元を司る
伊弉諾(イザナギノ)尊
伊弉冉(イザナミノ)尊
人の祖神、縁結びの神
天照大御神(アマテラスオオミカミ)
伊勢内宮主祭神
豊受(トヨウケノ)大神
伊勢外宮主祭神
倭姫(ヤマトヒメ)大神
神宮ご鎮座の御杖代の神
国常立(クニノトコタチノ)尊
大国主(オオクニヌシノ)命
少彦名(スクナヒコナノ)命
健康、福徳、開運の神
鐃速日(ニギハヤヒノ)命
鎮魂、健康の神
底筒男(ソコヅツオノ)命
中筒男命(ナカヅツオノ)
表筒男(ウワヅツオノ)命
身滌、渡航の神
伊久魂(イクタマノ)大神
鎮魂の神
水天宮
安産の神
正一位稲荷大神
商売の神
菅原大神
学問の神

諸祭・年間行事

結婚式/安産祈願/初宮詣/七五三詣/合格祈願/良縁成就/家内安全/商売繁昌/交通安全/自動車祓い/健康祈願/開運厄払/地鎮祭/上棟(竣工)祭/神式葬儀/慰霊祭

■宮内「授与場」ではお札、お守り、絵馬、破魔矢などをご用意しております。
■お払いをご希望の方は、こちらをご参考下さい。

四方拝
一月 一日
元始祭
一月 三日
孝明天皇祭
一月三十日
節分祭
二月 三日
祈年祭
二月 四日
建国記念日
二月十一日
春季皇霊祭
三月二一日
神武天皇遥拝日
四月 三日
大祭(鎮火式)
四月 九日
大祓
六月三十日
祖霊祭
九月十七日
中祭(探湯式)
九月十七日
秋季皇霊祭
九月二三日
神嘗祭
十月十七日
天皇誕生日
十二月二三日
大  祓
十二月二七日
月次祭
毎月九日、二七日

秘儀と神事

釜鳴り神事(御動事御供式)

心身の罪穢れを清めるとともに、吉凶占いもできるというものである。 これは釜の中に米を入れて炊き、神言と手印で神事を行い、気合い「エイッ」とかけると、「ウォーン」と釜が鳴りはじめる。 神事終了後は参拝者が釜湯を口にして、飲むことによって神徳にあずかり、健康成就や幸福を招くといわれている。

鎮火式(火渡り神事)

鎮火式は「火渡り」とも呼ばれ、春の大祭に行われる。鎮火式は四隅を忌竹で囲い、その中に6メートルほどの炭の道を作り、炭に火をつける。そしてお祓いをして塩で清めた後、秘儀を行い、炭火のうえを素足で渡るというものである。

探湯式

探湯式は「探湯(くわだち)」とも言い、熱湯を探る式であり、秋の中祭に行われる。 釜の中に水を入れ、下から烈火を焚いて、釜の八方に清めの塩を置く。お湯が沸騰すると御幣で「掛け巻きの神事」を行い、神気をこの釜の中にこめて熱湯の精神を追放する。 竹葉を束にしたものをもって釜の中に差し入れ、右回り、左回りと「掛け巻き」を行い、気合いとともにその竹葉をもって沸騰している熱湯を全身に注ぎかけ、身体を清める。このことによって五体健康を祈念する神事。

四拝八拍手
一般に神社参拝作法は二拝、二拍手、一拝であるが、大中臣神道の作法は四拝八拍手一拝とされている。四拝八拍手を現在用いているのは、伊勢の神宮と本教だけである。
火打ち石祓い
大中臣神道の祓いの一つで、鉄と石で火を起こし、その切り火によって不浄を清めるものである。
金木祓い
これも大中臣家に伝わる祓いで、神社で使われている祓串の小型のものである。 右手で金木を持ち、八方位を八回ずつ計六四回祓う。次に「掛巻き」というウズの巻き取りの動きをする。これは右手で右回転に八回中心点に向かって回す。左手に持ち替えて左回転で同様に。再び右手にて右回りに八回巻き取り、最後に゛バサッ゛と左方に祓う。
千座の祓い
「千座の祓い」とは、祓いの詞を唱え、かつ神がかりの神事を行い、神気をもって一切の汚穢不浄を祓い清める神業である。この神事は天孫降臨以来、大中臣家に代々伝わり継承護持されている。